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bhagavad gita 2章 16節

初めの祈り

om namo bhagavate vasudevaya

(ヴァスデーヴァの息子、ヴァーステヴァ、ヴァガーヴァーンに心から敬意を表する)


【2-16】

nasato vidyate bhavo vidyate satah

ubhayor api drsto 'ntas tv anayos tattva-darsibhih

(物質と魂の性質を学んで、真理を知見した人々は、非実在(肉体)は一時的に現象しても持続せず、実在(魂)は永遠に存在することを知る)

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肉体は毎瞬間変化しており、それは一瞬たりとも止まることはない。スイッチを押された時計のように、常に動き、休むこと無く動き続けている。1秒過ぎたら、もう2度と同じ1秒に戻ることは出来ない。周りの人も、それで形成されている家族も社会も全く同じである。だから「また同じことが出来る」「また同じ日がくる」何てことは無い。

また同じ日がくることを、、と思いを馳せることの方がセンチメンタルである。センチメンタルとは心を満たすレベルのことであり、ヨーガの教えはその領域を超えている。感情を満たすためにはヨーガの学びは無い。結果そうなるのは魂に響いているからである。

「もう戻らない」という真理を、ある人は「冷めてる」「ショック」と思うかもしれない。それこそがセンチメンタル(感傷的)なのである。魂に響いているのにも関わらず、その感情はそうやって大切なものに覆いをし始める。その行為が真理(幸福)との関係性を自ら切っている状態なのだ。

心が一番恐れているのは「肉体(エゴ)が無くなること」である。なので、心を安心させる方法は「永遠に無くならないもの」を教えてあげれば良い。それが生命体は「魂の姿」である、ということ。決して変わることもなく、永久に存在する。

物質(肉体)は「無常」であり、魂は「永遠」である、、と偉大なアーチャーリヤ(精神の師)達は伝えてくれている。そしてこれが物質と魂の違いであり結論(真理)である、と。

心が何故揺れ動くのか、、各人の望み(カルマ)を満たしながら「永遠なるもの」を探している。それを太古の昔から行い、肉体(この世界)が無常であると気がつく。偉大なアーチャーリヤの、AC・バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダは「世界中を旅しても満足しなかった」と言った生徒(弟子)にこう伝えた、「それが重要なんだよ」と。

ヴラジャバシー

私達はこの世界で色々求め、時にはそれによって苦しんだり悲しんだりしているかもしれないが、究極的には幸せに向かっている。そしてその幸せを得ることは、人間の世の時にのみよって可能であり、言葉を変えると、輪廻の海(あらゆる苦)から抜け出ることが可能なのは人間の世の時のみ、ということ。

「存在」とは精神の為に在るものであり、「非存在」とは物質の為にあると教えてくれている。この世界の全ては「一時的」である。それを存在には当てはまらない。それを生命体はセンチメンタル(感傷的)な心の覆いによってエゴを増大させ、この今得ているもの、感じていること、それが存在(真理)であると無知によって迷っているのだよ、、と伝えてくれている。

存在意義を突き詰めた先に、最終的には必ず神に行き着く。そしてこの世界はその関係性のもと全てが展開されていることを理解し始める。全ての生命体はスイッチが押されるように、ある日生まれ、生きる為の活動をし、太陽が沈むと眠りにつく。それが太古の昔から続いており、それはまるで、何かを中心に動いているかのようである。自然は絶妙なバランスを取り、生命にあらゆる恩恵を与える。

私達は何かの元に活動(生きる)ことが出来ているということに気がつく。それこそが大きな魂と微小な生命体の関係性である。私達の意識の範囲を超えて必要なことが与えられている。これは生命体が中心にこの世界は活動していないということである。

これはアーサナ(ポーズ)の練習でも同である。呼吸が全活動のスイッチであると知った時、肉体と心の関係性が正常に戻る。つまり、生きる行為に対して、心が中心ではないことを意味する。心が中心だと勘違いしていると悲苦がやってくる。

呼吸を中心に置くと、更に何が一体全活動を本当に可能にしているのかに近づく。アーサナの練習も自己の全活動が魂によって可能であると味わうためにあり、更にその(小さな)魂は大きな魂の元、「存在」することが可能であると辿り着く。

微小な魂は大きな魂が在ることによって、本当の存在がやってくる。このギーターは(感情を含めた)現象を自己都合(感情を満足させる為)に解釈して満足(納得)したり、嘆いたりしないでね、、という教科書でもある。

本当に助けてくれるのはいつだって「真実」である。それは変えようのないことである。その真実を心が耐えられないとか、納得がいかないとかのセンチメンタルで覆ってはいけない。

唯一心の平安与えてくれる、本当の救いの「手」なのだから。。

ケーシャヴァババ

次節【2章17節へ続く】

前節 bhagavad gita バガヴァッド・ギーター2章15節

【2020年4月より宮城にて月1回 バガヴァッド・ギータークラス開催】

★詳細→Yoga Prema facebook内〈https://m.facebook.com/yogapremayogini/?ref=py_c〉

【2020年5月よりsukura yogaスタジオにて、全米アライアンス200時間、経典にてこのバガヴァッド・ギーターを伝えさせてもらいます。ヨーガを学びたい方は是非】

・sukura yogaスタジオ(満員)→https://sukra-yoga.com/news/


この内容全てジャヤーナンダ師より与えられた経典の叡智から得たものです。 師の本には更に多くの教えがあり、それを学ぶことができます。

バクティヨーガ叡智が凝縮されたジャヤーナンダ・ダーサー師 解説本

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ヨガインストラクター:
Prema Yogini d.d(プレーマ・ヨギーニー)

心の健康=幸せとは何なのかを求めヨガに出逢う。

ヨーガが現代に必要な教えを与えている事に気付き学び始める。

ジャヤーナンダ師を師事。

現在もその師の元バクティヨーガの純粋な教えを学んでいる。

バクティヨーガは完全な幸せを知る唯一の方法であり、それはセンチメンタルではなく、完全な科学です。

この世界の科学は便利さという幸せに近いことは追求できますが、本当の幸せを追求することとはまた違います。

バクティヨーガとはこの世界や宇宙がどのように構成、運営されているのか、生命体はどのような構成なのか、それを全て説いた上で、幸せとはなんなのかを私たちに寄り添うよう伝えてくれています。

完全な幸せは優しさや愛情という形でどの生命体(魂)の中にも存在し、それで満たされた本来の姿を知り、味わってもらえたら、、とバクティヨーガの叡智を伝えたく、このYoga Premaを立ち上げる。現在は東京都江東区住吉、宮城県涌谷町にてヨーガを伝えている。

資格

ギーター・プラチャーリカ/ シュリーマド・バーガヴァタム50/ インド政府公認ヨガ資格/ ホットヨガ指導資格/ FTPマットピラティスベーシック/ 全米アライアンスRYT200/ アチュータゴッドラ・ゴーディヤヴァイシュナヴァ パランパラー

ヨーガを学び指導し始め12年、yoga ziyuuを自身で立ち上げ6年継続後、一旦休止。Yoga Premaとして活動を再開。

現在は東京、宮城、他県にて経典はもちろん、経典の教えがアーサナの中にあることも伝えアーサナのクラスも行い、ヨーガの真理を伝えることに従事、尽力している。