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bhagavad gita 2章 30節

バガヴァッド・ギーター2章30節

初めの祈り

om namo bhagavate vasudevaya

(ヴァスデーヴァの息子、ヴァーステヴァ、ヴァガーヴァーンに心から敬意を表する)


【2-30】

dehi nityam avadhyo 'yam dehe sarvasya bharata

tasmat sarvani bhutani na tvam socitnm arhasi

(おお、バーラタの子孫よ。肉体の中に住む魂は、永遠不滅にして殺すことは不可能だ。故に全ての生命について嘆き悲しむな)

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この節にて「魂」の性質についての最終結論を私達に伝えてくれている。

それは【物質】と【精神】は【全く違う】ということを断言し、教えてくれている。

肉体(見えるもの/物質)の中に魂(見えないもの/精神)があり、この2つはいつも同時に存在しているが全く性質が異なるということ、そして肉体(物質)は一時的であり、必滅であるが、魂(精神)は永遠であり、不滅であるということ。

全生命体は皆、肉体を守ろうとする。それは人に限らず、全ての生き物の(汚れた)意識に組み込まれている。どの生き物も身の危険を感じたら逃げ出すだろう。

それは、【この(見えている)世界で一番大切なものは肉体(である自己)である、と(誤って)認識しているからである。この世界で楽しみたい(幸せになりたい)】と肉体が在る意義を履き違え、肉体(見た目/見えていいる部分)が良ければ幸せになれると、肉体にまつわるものばかりを比較し、磨き、大切にしたがる。このように肉体が全てだと思っているので身の危険を感じたら逃げるのだ。

逃げるという行為が悪いことではない。その背後にある意識重要ということ。

例えば、買い物に行くのに、財布を持って行くだろう。それは何故かというと、その中にお金が入っているからである。もし、お金が入っていない財布を持っていったらどうなるか?きっと困ることになる。

財布だけ高価なものであっても、中身が伴っていなければ意味が無く困ることが理解できる。これが逆だとしたら、財布はボロボロでも、お金を沢山持っていたら、物質的な欲が満たされ幸福と感じるだろう。見えている財布の中にお金があり、お金自体は見えてはいない。だけど財布(見えている)とお金(見えていない)はいつも共に存在しており、その性質は全く違う。

どちらを大切にすれば幸福を与えてくれるか。

この世界は必ず物質(見える)と精神(見えない)で成り立っている。肉体(見えている)の中の魂(見えていない)を大切にすることが、生命体の幸福へ繋がるのだ、とここで断言している。

財布はお金がいくらその中に入っているか、を教えてくれる。その財布はケアをしなければボロボロになり穴が空いてしまう。そうすると、その中のお金は落ちてしまい、財布は入っていたお金がいくらだったかを教えることは出来なくなる。そしてそれが続けば困ることになる。

それと同じように、肉体は魂があることを知り、見つけ、本当の自己を実感する旅の為にある。だからこそ肉体は価値があり、ケアをし大切にする。財布はお金(本来入っているべきもの)が入っていることで持つ価値がある。 肉体も、本来持っているものを本当に実感することで、肉体の真の大切さが実感できる。人の理解力(知力)、感情、表情、食事などのあらゆる行動、優しさ、愛、、何故肉体に備わっているのか、、それらの遣い方が分かってくる。

肉体の中に生命体の本当の姿である魂(の姿)を見ることで、肉体の本当の価値が発揮される。一番大切にすべきものは何かを知り、それを大切にすることで、肉体(に備わる全てのもの)が与えられている幸福を味わえる。

radhasutami

ここでアルジュナは、自己や他者を肉体(見える部分だけ)と思って戦うことをためらっている。それをクリシュナが、【魂は永遠で肉体は一時的】と断言し教えを与えた。それは生命体が、肉体を持っている間にやるべき与えられた義務を全うする為にも、必要な真理だからだ。

全生命、それぞれ日々与えられている(やるべき)事、それは朝起きる行為から、夜寝るまでの行為全てがそうである。その中でこのアルジュナのように、【やりたくない】と思う物事がある。その時に、何を大切にしている(何と繋がっている)かで、その物事が精神(幸福)なものか、物質的な(問題)ものになるかが決まり、それは永遠に有効なものを大切にするのか、最後には必ず無くなるものを大切にするのか、ということでもある。

生命体は目先の利益や不安に駆られ、最後には必ず無くなるものを選択し(不幸にし)てしまう傾向がある。だからクリシュナはここで、肉体と精神の違いを断言した。そして生命体が日々のやるべきこと(義務)を、毎瞬間精神的なものと繋がって全うし、最後は必ず無くなるものを心配し悲しむな、、と教えを与えている。

最後に無くなるもので生命体が一番執着するのが、【肉体の死】である。自分はもちろん、家族、友人、子供、、クリシュナはその【死】とは何かを教えてくれている。その死でさえも、心配すること無く、義務を全うせよ、、と伝えている。

全生命体の役割は、義務(カルマ)を全うすること。その為に望んで生まれてきた。人それぞれ人生が違うのはそれぞれ全うすべき義務が違い、それを全うすることが人の役割であって、死を悲しむこと、心配すること(ネガティブになること)ではないとい。

【生】や【死】を担っているのはこの世界に居る私達ではない。【それは僕(クリシュナ)の役割で、全部面倒みるから大丈夫だよ。心配しないでね。】と。【全部面倒をみる】これがクリシュナの優しさである。

死とは悲しむ事ではなく祝福されているもの、、とこのギーターを読むと味わえる。それは単に嬉しいということではなく、誰かの死を悲しむことで、生の尊さと、人に生まれてきた奇跡、亡くなった人に対しての愛が沸き起こり、生かされている人への生きる味わいに変わっていく、、祝福という言葉の中には、なんとも言えない愛を纏った味わいがあるのを、感じずにはいられない。

義務を全うすることで、私達は心が綺麗になる。生も死も気にするな、という言葉はただ単に冷酷(無関)になることではなく、色々なこと感じながらも精神的なものと繋がり、執着(物質的)からも自由な状態で、(ネガティブにならず)、最後まで義務を全うし、心を綺麗にしてほしい。

というメッセージである。そうしたら永遠に消えることのない、最高の幸福が味わえるからね、と。一時的な肉体と永遠性の魂の違いを説き、死は気にするな。と伝えたのは生命体を消えること無い幸福へ導く方法なのだ。

与えられた義務を放棄することや、その義務が幸か不幸など、起こる物事は私達生命体がジャッジできる範疇では起こっていない、、とクリシュナは教えてくれあている。物質的にはできているように見えているかもしれないが、本当のところは違う。だから、苦しみや悲しみは死を嘆くことに使うのではなく、それさえも幸福を知る為にだけ使うものである。

もし義務を放棄し、それが不幸や幸福というのであれば、それは永遠の幸福の道を自ら閉ざすことと同じである。世界レベルであろうが個人レベルであろうが、起こる全ては幸福へと繋がっていることを、クリシュナは【心配要らないよ】と、優しい声と共に私達に教えてくれている。

見えているものの中に必ず見えていないもの(精神的なもの)がある。それを味わった時、物質的な悲苦はそれさえも最高の幸福(愛)であると知る。 

love boss

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ヨガインストラクター:
Prema Yogini d.d(プレーマ・ヨギーニー)

心の健康=幸せとは何なのかを求めヨガに出逢う。

ヨーガが現代に必要な教えを与えている事に気付き学び始める。

ジャヤーナンダ師を師事。

現在もその師の元バクティヨーガの純粋な教えを学んでいる。

バクティヨーガは完全な幸せを知る唯一の方法であり、それはセンチメンタルではなく、完全な科学です。

この世界の科学は便利さという幸せに近いことは追求できますが、本当の幸せを追求することとはまた違います。

バクティヨーガとはこの世界や宇宙がどのように構成、運営されているのか、生命体はどのような構成なのか、それを全て説いた上で、幸せとはなんなのかを私たちに寄り添うよう伝えてくれています。

完全な幸せは優しさや愛情という形でどの生命体(魂)の中にも存在し、それで満たされた本来の姿を知り、味わってもらえたら、、とバクティヨーガの叡智を伝えたく、このYoga Premaを立ち上げる。現在は東京都江東区住吉、宮城県涌谷町にてヨーガを伝えている。

資格

ギーター・プラチャーリカ/ シュリーマド・バーガヴァタム50/ インド政府公認ヨガ資格/ ホットヨガ指導資格/ FTPマットピラティスベーシック/ 全米アライアンスRYT200/ アチュータゴッドラ・ゴーディヤヴァイシュナヴァ パランパラー

ヨーガを学び指導し始め13年、yoga ziyuuを自身で立ち上げ6年継続後、一旦休止。Yoga Premaとして活動を再開。

現在は東京、宮城、他県にて経典はもちろん、経典の教えがアーサナの中にあることも伝えアーサナのクラスも行い、ヨーガの真理を伝えることに従事、尽力している。