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bhagavad gita 1章 36節

初めの祈り

om namo bhagavate vasudevaya

(ヴァスデーヴァの息子、ヴァーステヴァ、ヴァガーヴァーンに心から敬意を表する)


【1-36】

papam evasrayed asman hatvaitan atatayihah

tasman narha vayam hantun dhartrastran sa-bandhavan

svajanam hi katham hatva sukhinah syama madhava

(マーダヴァ(幸運の女神の主人)よ。これらの侵略者達を殺せば、その罪は私達に降りかかります。故にドリタラーシュトラの息子達やその親近者を殺して、どうして幸福になれましょう?)

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アルジュナは政治的視点で彼らを殺すのではなく、宗教的視点で彼らを許した方が良いと思った。この戦いに勝って一時的な富や名声など何になるのか??とアルジュナは思ったのだ。

確かにアルジュナは正しい。一時的な富や名声は肉体次元のものであり、いずれ苦しみの原因となる。だからそんなものの為に肉親縁者が殺し合いをすることなんて無意味だろうと思ったのだ。しかしこの状況ではあてはまらない。

一見もっともらしい言い分に聞こえる。が、例えば、自分の子供が親戚の誰かを刺してしまったとする。その子供に「身内だから大丈夫。許すわ。」と言えるだろうか。多分難しいだろう。ここで許すことが果たして宗教的精神性ある選択なのだろうか、、、。もし許したとしたら、ただ丸く収めたいという自己都合でしかない。

アルジュナが言っていることはこれと同じであり、だとしたら、その言葉は宗教的視点とは言えない。

宗教とはダルマ(義務)であり、ダルマは変えることはできない。人としてやってはいけないことをしたら罰せられる。それは当たり前のことであり、ダルマがもし無くなってしまったら道徳心、秩序は消え、この世界は崩壊するだろう。

ラーダーモーハン

この戦いは「ダルマ(正義)の戦い」だ。それを忘れてアルジュナは恐怖に飲まれ、自己都合な思いの言葉をもっともらしく言っている。そしてこの戦いは無意味だと勝手に思い込み、未来を想像し一番大切なダルマから離れてしまった。

ダルマとは生命体が幸福になる為の永遠の法。そして究極的なダルマはクリシュナである。何故ならヴェーダはクリシュナを知る為にある。ヴェーダは変わることのないダルマであり、それがクリシュナを知る為にある。ということは、ヴェーダを超えているのがクリシュナということ。

とても難しいプログラミングがあったとして、それを作った人だけが、そのロジックを知っているからプログラムを変えることが出来る。ということは、その人はプログラムもプログラミングも超えているということ。だとしたら、本当のプログラムはその作った人だ。

クリシュナが居るところにいつもダルマ(幸運)がある。マーダヴァは幸運でしょう?どうして僕を不幸の中に入って行くようにするの?とアルジュナは言っている。アルジュナは幸運を完全に感覚満足と誤認識し、自分で幸運を生み出せると思ってしまっている。

ダルマにある、非人道的だと決められている行為を幾つもしてきたドゥリョーダナ。彼を許すということは、ドゥリョーダナと同じということでもある。

何が真理(ダルマ)なのか、クリシュナはダルマそのものである。ダルマが非人道的と決めているものを行う者はクリシュナは必ず罰する。それはその人に慈悲を与えるということ。クリシュナは誰も不幸になどしないのだ。それが死という形でさえも、、だ。幸福とはこの次元のレベルには無いということ。

この世界で起こることは不幸にすることなど無いということ。クリシュナは誰も不幸になどしない。といっている。それが例え死という形であろうとも、、、私達生命体は幸福というものが物質レベルだと勘違いしてしまっている。

幸福とは私達の意識の範疇を超えた優しさと愛情で与えられているのだ。アルジュナはそれを忘れてしまっている。私達もまたそれを思い出す必要がある。そしてそのタイミングが今この瞬間かも知れない。。

マハラージャ

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ヨガインストラクター:Prema Yogini d.d(プレーマ・ヨギーニー)

心の健康=幸せとは何なのかを求めヨガに出逢う。

ヨーガが現代に必要な教えを与えている事に気付き学び始める。

ジャヤーナンダ師を師事。

現在もその師の元バクティヨーガの純粋な教えを学んでいる。

バクティヨーガは完全な幸せを知る唯一の方法であり、それはセンチメンタルではなく、完全な科学です。

この世界の科学は便利さという幸せに近いことは追求できますが、本当の幸せを追求することとはまた違います。

バクティヨーガとはこの世界や宇宙がどのように構成、運営されているのか、生命体はどのような構成なのか、それを全て説いた上で、幸せとはなんなのかを私たちに寄り添うよう伝えてくれています。

完全な幸せは優しさや愛情という形でどの生命体(魂)の中にも存在し、それで満たされた本来の姿を知り、味わってもらえたら、、とバクティヨーガの叡智を伝えたく、このyoga premaを立ち上げる。

資格

ギーター・プラチャーリカ/ インド政府公認ヨガ資格/ ホットヨガ指導資格/ FTPマットピラティスベーシック/ 全米アライアンスRYT200/ アチュータゴッドラ・ゴーディヤヴァイシュナヴァ パランパラー

ヨーガを学び指導し始め12年、yoga ziyuuを自身で立ち上げ6年継続後、一旦休止。

現在は東京蔵前にある【藝 東京 ヨーガセンター】にてインストラクター兼、全米アライアンス200教典の講師を務めさせてもらう。

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